Fahrenheit -華氏-
■Break away(逃走)
その後は何となくぎくしゃくしたまま日にちだけが過ぎていった。
俺はTUBAKIウエディングと東星紡との件で忙しかったし、柏木さんもTOYOエクスプレスの件が本格的に動き出し、毎日夜遅くまで残業(日を超えることもしばしば)だったし、土、日も顔を合わせるぐらいだ。
気づいたら、桐島の結婚式の前日だった。
「やっべ~!!」
スピーチの内容考えてなかった!
慌てて下書き用のレポート用紙に向かうものの、さっぱり言葉が浮かんでこねぇ。
「何書いてるんですか?」
と休憩から戻ってきた柏木さんが俺のデスクを覗き込む。
彼女はあれから相変わらずの態度で、普通に話しかけてくる。
「いや…スピーチをね。桐島の結婚式の」
「ああ…大変ですね」
結婚式のスピーチなんて、柏木さんにとって最も不必要なものなんだろうな、きっと……
無関心に自分のデスクに向かうと思いきや、柏木さんはちょっと寂しそうに笑った。
「しっかりお祝いしてあげてくださいね。きっと喜びますよ、桐島さん」
思いがけない優しい言葉。
俺の心臓がキュッとなる。
やっぱ俺―――
柏木さんが好きだ。