Fahrenheit -華氏-
『は?今からですか?』
う゛。明らかに迷惑そう……
でもめげないもんね。
「そう!今から。あと一時間で式が始まっちまうんだ」
『……一時間。じゃぁファックスします。その方が早いですから』
「ファックスなんて、そんな恥ずかしいことしないで。頼むから持ってきてよ。式場は…」
場所を伝えて、俺は半ば強引に電話を切った。
「柏木さんの言う通りファックスしてもらえば良かったじゃん」
隣で成り行きを見守っていた裕二が呆れたように言う。
「そうよぉ。柏木さんはあんたの秘書じゃないんだからね」
深い紺色のワンピースで着飾った綾子が口を挟んだ。
「んなこと分かってるよ!……だって、一目会いたかったんだもん……」
俺の発言に裕二と綾子が顔を見合わせ、「重症だわ」と言った感じで肩をすくめた。
分かってるよ、俺だって!
つい昨日まで一緒に仕事してて今日も会いたいだと?
前の俺だったらありえないことだった。
でも、ずっと一緒に居たいんだ。ずっと彼女の隣にいたい。ずっと彼女の顔を見ていたい。
その気持ちは理屈じゃない。
会いたいと願う気持ちは
言葉では現せないんだ。