Fahrenheit -華氏-

花嫁と柏木さんは床に倒れている。


柏木さんはぶつかってきた花嫁の下敷きになっていた。


「か、柏木さん大丈夫!?」


俺は慌てて彼女を抱き起こした。


柏木さんはびっくりして……と言うか状況がつかめていないのか、大きく目を開いて目の前の花嫁を見ている。


「マリ…!マリ!!」


花嫁は……追いかけてきた女性にあっけなく捉えられた。





その場に居合わせた―――つまり俺と柏木さんと、裕二と綾子、それから花嫁と、どうやら彼女の両親らしい二人の夫婦が控え室に入ることになった。


俺たちは今、横一列に並べられた椅子に腰掛けている。


何でこんな状況になったかって?


俺が知りたい。


花嫁が式直前に逃げ出すという、ドラマみたいな展開の中どさくさにまぎれて連れ込まれたのだ。


「マリ!」


新郎の桐島がドアを蹴破る勢いで入ってきた。


桐島は俺たち一同を見渡し、そして今も泣きじゃくっている花嫁を見て眉を寄せた。


「宏くん……」


花嫁が鼻をすすって桐島を見上げる。


気まずい沈黙がちょっとの間流れた。


「マリ…どういうことなの?突然結婚を止めるなんて…」


最初に口を開いたのは花嫁の母親だった。


この場に居た誰よりも冷静な言葉だったが、動揺を隠せない様子だ。声が上ずっている。


「ごめんなさい!!あたし宏くんとは結婚できません!!」


何となく想像してたことだが、俺たちはびっくりして互いに顔を合わす。


あの柏木さんでさえ、ちょっと驚いている様子だ。


「マリ…。どうして…?あなたのおなかの中には宏明くんの子供だって……」母親が眉を寄せて聞いた。


そうだった……


俺は花嫁のドレスをちらりと見た。


胸から切り替えたふわりとしたドレスは、大きくなったお腹を隠すようなデザインだ。








「この子は宏くんの子供じゃないの!!」







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