Fahrenheit -華氏-

え……?それって―――


あまりの衝撃的発言に俺は言葉を失った。


と言うかここに居る誰もが、だ。


「……桐島くん、子供が欲しかったから彼女と結婚を決めたの?」


重い沈黙の中、最初に口を開いたのは綾子だった。


綾子にしてみれば、納得いかないだろう。


こいつは長い間桐島に片思いしてたわけだから。


「……それだけじゃないよ。俺はマリを愛してる。別れてもずっとマリのことを想ってた。それぐらい好きなんだ。


でも俺はこのままじゃマリを幸せにできない。


だって女の人にとって子供を生み育てることって、すごく大切で幸せなことでしょ?」


桐島は目を伏せるとゆっくりと一言一言自分に言い聞かせるように言った。


桐島の言おうとしてることは分かる。


太古から女は子供を産み育てるという使命が体に眠っているわけで、またそれが同時に最高の幸福であるから。


まぁ、中には例外もいるけど……


俺は柏木さんをちらりと見た。


彼女は無表情に桐島をじっと見つめている。


「俺、子供好きだし…将来はやっぱり養子とかじゃなく、愛する人の血が流れてる子供が欲しいんだよ……」


たとえ俺とは血が繋がってなくても…俺は幸せ。


桐島はこう続けて言葉を締めくくった。



「桐島くん……」


綾子がすんと鼻を鳴らした。


今にも泣き出しそうだ。



きっと……


結婚を決めることに、桐島だって悩んだ筈だ。


葛藤だってあった筈だ。





でもこいつは―――




愛することを選んだ。







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