Fahrenheit -華氏-
「私に届けさせて、酷いスピーチだったら許しませんよ」
柏木さんはちょっと苦笑いを漏らした。
彼女なりに、俺に渇を入れてくれたようだ。
俺が何に思い悩み、何に傷ついているのかも知らずに……
いや……傷ついてるのはナシだな。
彼女の過去にただ「結婚歴」があったこと、それが俺の心を傷つけたことに、彼女に何の責任もない。
「あー……そうダネ。もう一度原稿を見ておくかぁ」
俺はポケットの中から昨日書きあげた原稿を取り出した。
ここは、式場になっている宴会ホールの前の喫煙コーナーだ。
柏木さんは俺の隣に腰掛けると、タバコを取り出した。
ゆっくりした動作で火を点ける。
「スピーチって……なんであるんですかね?」
真剣に原稿を読む俺の隣で、煙を吐きながらぽつりと柏木さんが漏らした。
「え?何でって?そりゃお祝いの言葉で……」
俺は面食らった。スピーチすることに意味なんて感じてなかったから。
ただ、通例の行事だし、頼まれたからにはやるしかないって。そんな風にしか思ってなかった。
「昨日今日思いついて考えた言葉に、お祝いの重みがあるんですかね?中途半端な社交辞令なら却って無いほうが良いと思うんですが」
グサッ!
またもきっつい一言。
まぁ確かにそうなんですがね。
お祝いの……重みかぁ。