Fahrenheit -華氏-
はっ!
いかんいかん…何見惚れてるんだ、俺は…。
慌てて目を逸らしたけど、思い直した。
フロアの中は時間が早いこともあって人がまばらだ。
このデスクの群には俺と柏木さんの二人きり。
これってチャンスじゃない??
「仕事熱心だね」
俺はできるだけさりげなく問いかけた。
「そうですか?普通です。お給料をもらって働かせていただいてるんで、その分はきっちりやりますよ」
そうですか。
う~ん、責任感が強いって言うのか、真面目って言うのか…
でも、ほんっと隙のすの字もない。
「これ、昨日渡された書類です。英語の下に日本語訳も書いてあるので分かりやすいと思いますが」
と言って柏木さんは分厚い資料と俺に手渡してきた。
「え!もう出来たの?」
だって、あれ……どんだけがんばったって三日はかかるよ?
俺はぱらぱらと資料をめくった。
ぎっちり英字が詰まった書類の下に、きちんと和文が記されている。
和文の方をちょっと見たが内容も申し分ない。
「すごいね」
「そうですか?普通です」
そう、そっけなく答えた柏木さん。
彼女の言葉には威力がある。