Fahrenheit -華氏-
昼も12時になって―――
本来なら柏木さんと佐々木が二人先に昼に入ってもらうけれど、緑川さんが居るので彼女には柏木さんと一緒に入ってもらうことを考えていた。
女同士だし、昼飯でも一緒に食えば打ち解けるかと思っての配慮だ。
「緑川さん、柏木さんと先、お昼行っておいで」
俺がにこにこ緑川さんを見ると、彼女はあからさまに不機嫌そうに長い髪の先を弄った。
「え~?あたし、神流部長と一緒がいぃ」
はぁ?
俺はびっくりした。
だって普通言わんだろ!思ってても。
ってか、研修員だし仮にも俺は上司だよ?
佐々木もびっくりして珍種を見るような目つきで緑川さんを見ている。
柏木さんをそろりと見ると、彼女は顔色こそ変えていなかったが、ちょっとため息を吐いていた。
ガタン…
椅子を僅かに鳴らして柏木さんが立ち上がった。
ヤバイ!柏木さんが動いた!!
「緑川さん。部長はあなたのことを考えて、気を遣っておっしゃったんですよ。あまり自分勝手なことを言うのもどうかと。
それに部長はあなたの上司でもある方です。上司の言うことは素直に聞くべきです」
う゛
相変わらずきっついお言葉。
でも、いつもの柏木さんだ。
冷たい物言いだけど、怒ってはいない。
説教してるつもりもない。
そのことにほっとする。
しかし
緑川さんはマスカラをたっぷり塗った睫を震わせると、大きく見せた目尻に涙を溜めた。
「ひ!ひどいですぅ…!あたし!!自分勝手なこと言ったつもりなんてないのにぃ」
声を震わせ、緑川さんは泣き出してしまった。