Fahrenheit -華氏-
それから緑川さんを宥めるのが大変だった。
結局俺の出した結論は、先に柏木さんと佐々木に昼に入ってもらい、その後俺と緑川さんが一緒にとるということにした。
一時間後二人が戻ってきて俺は、佐々木にこそっと聞いた。
「さっきは悪かったな。柏木さん、気悪くしてなかったか?」
「いえ、大丈夫でしたよ。いつもどおり淡々としてました。それにしても……」
と声を潜めて緑川さんを見る。
緑川さんは掌を広げて、爪のネイルをまじまじと眺めていた。
「あの人……新種ですね。どう扱っていいのか…」
「そうだな。副社長の娘じゃなけりゃ強く言えるのに」
そこが頭を悩ますところだ。
それからも緑川さんの横暴ぶりは次々と発揮されていった。
制服のスカートは勝手に短くしてくるし、化粧もネイルも派手派手。
しょっちゅう席から消えるし、他部署の男に色目を使うし。
取引きに使う資料を段ボールにまとめて、佐々木と一緒に資料室に運んでもらうことを頼んでも、
「え~…そんな重いの、爪が欠けちゃう」とか言い出す始末。
おんどれぇ!あれこれ我慢してきた俺でもそろそろキレるぞ!!
と額に青筋を浮かべていると、
「じ、じゃぁ僕往復しますよ!」と佐々木。
こいつもかなり気を遣っている様子だ。
2、3日の間でげっそりとやつれた感じがする。佐々木も哀れな……
「では私が佐々木さんと行きます」そう言って腰を上げた柏木さんは段ボールをひょいと持ち上げた。
「佐々木さん一人じゃ大変ですから」
う~ん…やっぱ、柏木さん。優しいなぁ
それに比べて緑川!
「わぁ!力持ちですねぇ。ホントに同じ女ですかぁ?」
なんて嫌味ったらしく、失笑している。
こいつ…。マジで殺してぇ。