Fahrenheit -華氏-
柏木さんは喫煙ルームを出て行くときに、ちらりと俺を振り返った。
・ ・ ・
「あたしには誰かを想って必死になるのが分からないです。だから緑川さんの気持ちも理解不能。
あたしはどこか感情が抜け落ちてるんでしょうか?
どこか欠陥品なんでしょうか?」
俺は火のついたタバコを口から抜き取って柏木さんを見上げた。
「分からないんじゃなくて、目を背けているだけだと思うよ」
だって俺は“M”からの電話で柏木さんが泣いてるところを見たんだ。
柏木さんは辛い恋を経験してきた。それをうまく乗り越えられたと思うよ。
君が出した答えは
恋愛から目を背けること。見ない振り、気付かない振りを決めたら傷つくこともない。
だけど
それが正しいとは―――俺には思えないんだ。
俺の言葉に柏木さんはちょっと寂しそうに笑って、扉をパタンを閉め、今度こそ出て行ってしまった。