Fahrenheit -華氏-
ゆっくりと目を開けると、夢の欠片がまだ頭の中を過ぎってあたしの目から涙が零れた。
どうして……あんなに憎いと思っていたのに、夢にまで見るのは楽しかった日々なんだろう……
どうして、忘れさせてはくれないんだろう。
どうして。
眠れない日々が続いて、さすがに頭が重い。
睡眠薬でも飲んで、無理やり眠ろうかとも考えたけれど、平日は朝が起きれないといけないという思いで飲むことを躊躇った。
睡眠不足からか、食欲も減退していった。
眠らない、食べない。
体はふらふらだったけれど、頑張らないといけない。
そんな気力だけが、あたしを立たせていると言っても過言ではなかった。
それ故に小さな出来事で苛々する。
「佐々木さん、このスペル間違っています。数字も。やり直してください」
あたしは佐々木さんの書類を突き返した。
佐々木さんはこんなあたしの態度にもう慣れているのか、「あ、すみませんでした」と軽く頭を下げ、素直に書類を受け取った。
隣で副社長の娘、緑川さんが、
「こっわ~い。何様ぁ?」と小さく嫌味を言っていた。
「ねぇ佐々木さん、柏木補佐最近苛々してない?更年期かな?」
なんて笑いながら、ひそひそ話しをしている。
聞こえてるのよ。
ちょっと苛立った手に力を入れ乱暴にキーボードを叩く。
あたしの小さな反抗。
「そりゃ柏木さんだって苛々するときもあるよ。僕たちがミスばっかりだから、しっかりしないと」
佐々木さんは、ちょっと困ったように緑川さんを嗜めていた。
優しい人……
あたしは佐々木さんのそういう素直なところが結構好き。
でも
優しい人は
キライなの―――