Fahrenheit -華氏-
家に帰ってシャワーを浴びると、食事もせずにあたしはワインのボトルとグラスを手に、バルコニーへ出た。
白い木のテーブルセットがあって、端々にはオレンジ色の明りが灯ったランプが置いてある。
47階から見下ろす夜景は絶景だった。
まるで宝石箱の中を覗いているように、キラキラと輝いている。
椅子に腰掛け、グラスの中に赤ワインを注いで空を見やる。
もう9月だと言うのに、まだまだ蒸し暑い。
だけど外は適度に風が吹いていて、シャワーの後の火照った体を鎮めてくれる。
グラスに口をつけようとした瞬間
~♪
一緒に持ってきた携帯が鳴った。
あたしに携帯を持ち歩く習慣はない。いつもどこかへ置きっぱなしにしてきて、後から着信に気付く。
でも最近ではどうしても手放せない理由がある。
あの人からの連絡を待っているわけではない。
仕事とも違う。
ちょっと所用があって手放せないでいるのだ。
白い携帯のサブディスプレイに“着信:M”と表示があった。
鳴り続ける携帯を見下ろしながら、あたしの心がどんどん冷めていく。
携帯を開いて、あたしはとうとう着信メロディを切った。
携帯をテーブルに置いて、ふいに体中の血液が沸騰するような怒りが湧き起こる。
久しく忘れかけていた感覚だ。
だけど、決して忘れてはいない。忘れられない。
「いい加減にして!!」
あたしは叫ぶように大声を上げると、テーブルの上のワインボトルもグラスも腕でなぎ払った。