Fahrenheit -華氏-


~♪


ふいに携帯からムーンリバーの音色が流れた。


メールの受信を知らせる音だ。


静かな空にその音だけがやけに澄んで反響している。


あたしはのろのろと立ち上がると、携帯を開いた。


もしかしたら“あの人”かもしれない。


いつまでも電話に出ないあたしに焦れてメールを寄越してきたのかもしれない。


もしそうだったら、今日だけは電源を切ってしまおう。


そう思っていたら




メール受信:部長



となっていてあたしは目を開いた。


部長とは、たまにメールをする仲だ。


だけど殆どが仕事の絡み。


特別な用件がなければお互い滅多に連絡をしない。



From:部長

Sub:お疲れさま☆


月がきれいだよ(*^_^*)





たった一文だった。


部長のメールを見てあたしは空をゆっくりと見上げる。


瑠璃色の空にぽっかりと姿を現している月はまん丸で、だけどその輪郭が涙で滲んでいた。


あたしは涙を拭うと、もう一度瞬きをしてゆっくりと空を見上げる。


まぁるい月は、まるで瑠璃色のカーペットに黄色のインクを落としたように浮かび上がっている。


とても綺麗だった。


あたしはこの綺麗な光景を自ら真っ暗に染めようとしていたのだ。


あたしは携帯を握りしめた。


どうしてこの人は……いつもタイミングが良いんだろう。


あたしが弱ってるとき、さりげなく近くに居る。






同じ空の下



同じ月を見上げている人は






“あの人”じゃなくて、部長だった。









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