Fahrenheit -華氏-

え?脱ぐ―――!


なんって大胆な発言!


こんなみんないるところでっ。


でも柏木さんもとうとう俺の魅力に気づいたってことか。


「上着。貸して下さい。ボタンぐらいなら今すぐ縫い止められます」


あっ……そ。


ガクリと来た。


ま、考えてみればそうだよね。


だってこのヒト、ホントに俺に全然興味がなさそうだもん。


俺は言われたとおり大人しく上着を脱いだ。


柏木さんはバッグからソーイングセットを取り出している。


てか、今時そんなもん持ち歩く女がいたことに驚きだった。


仕事ばっかで、頭がいいからそういうことに不器用そうに見えたけど、意外だなぁ。


「部長はお客様と直に会われる方ですから、こういう身なりはきっちりしておいた方が印象がいいんです」


そう言いながらも、柏木さんは手馴れた手付きで針を刺す。


淡いピンクのマニキュアに白いフレンチラインが施された、綺麗な細い指。


その指が驚くほど繊細な手付きでボタンを縫い付けていく。


俺は今まで女のこういう姿を見たことはない。


遊び相手の女たちは夜しか会わないし、そういう女たちがこんな家庭的かと聞かれれば「否」と答えられるだろう。


だから新鮮だった。


「見てる人は見ていますからね、きっちりした方が宜しいと思いますよ……って聞いてます?」


ふいに柏木さんが顔をあげて、俺はびっくりした。


綺麗にボタンを縫い付ける柏木さんの姿に……



見惚れてた。




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