Fahrenheit -華氏-
*寂しい女*
柏木さんは「寂しい」と言った。
初めて俺に脆い部分を見せてくれた。
電話の向こうで柏木さんが泣いていたときはびっくりして
どうしたらいいのか分からなかった。
できればそのときすぐにでも飛んで行って抱きしめたかった。
この腕で抱きしめて、彼女の涙をそっと拭ってあげたかった。
でも
彼女がそれを望んでないことを俺は知ってる―――
柏木さんが俺に弱いところを見せてくれて嬉しいけど―――――それと同じぐらい悔しい。
きっと彼女はわずらわしい過去を思い出したんだ。
忘れさせてあげたい。
寂しい、と思わないぐらい、いつも近くに居たい。
近くに居て
彼女を護ってあげたい。
でも俺は彼女に嫌われることを恐れて一歩も動けなかった。
もどかしい思いを抱えながら、俺はただ電話での彼女の声に頷くしかできなかった。