Fahrenheit -華氏-
「ど!どうしたのっ!!その腕!?怪我でもした?」
びっくりして俺は目を丸めた。
柏木さんは泡だらけの手のまま、包帯を隠すように袖を降ろした。
「昨日ちょっとグラスを割っちゃって…そのときにちょっと切っちゃっただけです」
そう言った柏木さんの表情が一瞬だけ曇った。
俺、何か変なこと言ったかな……
「そうなの……大丈夫?病院は行った?」
「そこまで酷くはありません。大げさに包帯巻いてあるけど大したことはないんです」
そう言ってちょっと顔を伏せる。
「そう……?傷、残らないといいけど…」
俺の言葉にふっと柏木さんが顔を上げる。
「………優しいんですね」
そう言った顔はほんのちょっと笑顔だったけど、今にも泣き出しそうに複雑に瞳を揺らしていた。
明らかに無理をしているのが分かる。
何があった?
柏木さんの不調は怪我したことと何か関係あるのか?
聞きたいことは山ほどある。
でも聞けない。
今俺ができることって何だろう―――
あれこれ考えたけど、考えより早く口が先に開いた。
「無理するなよ」
俺は柏木さんに歩み寄ると、彼女の頭上にある開閉式の食器棚に手を付いた。