Fahrenheit -華氏-

「もう!どこへ行ってたんですか?目を離すとすぐふらふらするんだからっ!!」


佐々木はぷりぷり怒っている。


俺は首だけをちょっと振り向かせると、佐々木を振り返った。


ドキンドキン…と心臓の音がやけにうるさい。


「コーヒー淹れただけだ。何か用?」


でも思った以上に冷静な言葉が出たことに俺自身びっくりしている。


「何か用?じゃないですよ!東星紡の山内さんから大至急電話が欲しいとのことですよ。折り電してください。


どこか行くのなら一言言ってから席外してくださいね!」


佐々木はぷりぷり言うと、来た道を戻っていった。





俺は肺に溜まった空気を吐き出した。



どうやら佐々木は俺の影になっていた柏木さんには気付いていないようだった。


「ふ~……セーフ…」


俺はため息を吐くと、柏木さんからゆっくりと手を離した。


柏木さんは俺の胸にこつんと頭を預け、そっと胸元に手を這わせてきた。


「か、柏木さん……?」


「心臓……凄い音」


「あ、あはは。さすがにあれは俺でもビビったワ。でも柏木さんがちっこくて良かった」


社内で―――しかも同じ部署の上司と部下という立場にありながら、抱き合っているという情景を見られでもしたら洒落にならん。


柏木さんは俺の言葉にちょっとムッと顔をしかめると、


「部長が無駄に大きいんじゃないですか」と唇を尖らせた。


む…無駄に!?


酷い!!


でもいつもの柏木さんだ。


毒舌っぷりも、ちょっと冷たい視線も。






疲れている柏木さんもいいけど、




俺はやっぱりこっちがいいな♪









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