Ｆａｈｒｅｎｈｅｉｔ －華氏－

■Sentiment（気持ち）

青山通りから外苑西通りに抜ける小路は南欧をイメージさせる街灯や外壁、季節の花でいっぱいだった。


その横にどでかいビルが建っている。青山・赤坂・六本木を一望できるタワーホテルだ。その３５階にその店はあった。


名を“インシデンス”と言った。意味は“光りの反射”。


店内は女性が好みそうなピンクの照明を少し薄暗くトーンダウンしてある。だがちっともいやらしい感じはしない。


店に入るとすぐに硝子の壁が広がっていた。その硝子の上から水が流れている。照明を当ててあるので、水がきらきら反射していた。


正直柏木さんをどこに連れて行こうか随分悩んだ。


女の子の好みそうなところ…と思ってたけど、彼女に普通の女の子に通じる常識が通じないことは分かっているから。


結局誰が行っても印象が良さそうな無難な店にした。



カウンターに二人並んで俺はバーテンに「ギムレット」と注文した。


だけど


「やっぱやめて、ギブソンで。柏木さんは？」


「部長はジンベースがお好きなんですね。私もです。私はルシアンをお願いします」


「かしこまりました」


きっちりと髪を撫で付けた紳士的なバーテンがにっこり頷いた。


笑顔の浮かべ方まで、紳士的で好感触なものだ。


酒の種類が分かる女は好きだ。


飲み方を知っているということを意味する。


でも柏木さんは知ってるかな。


ルシアンは飲み口の良さからレディーキラーの酒だと言われてることを。


俺はちらりと端正な柏木さんの横顔を見た。


俺の視線に気づいた柏木さんが振り向いてちょっと意味深に微笑んだ。



―――やっぱ、知ってるよな。



でも



こういう何も語らずとしても会話を出来るのって




大人の女を思わせる。




緑川さんにはできない芸当だな。