Fahrenheit -華氏-
「あのさ…少し気になったんだけど、その元旦那?の携帯番号を柏木さんは何で消さないの?」
気にしてはいなかったけど、ふっと疑問が浮かんだのだ。
嫌いな相手なら、特に関係を絶ちたい人間なら俺なら速攻で番号を消去する。
柏木さんはグラスのフット部分を包むようにして、じっと見下ろしている。
「……消せないのは、ちょっと家の方に事情がありまして…」
「ああ、なるほど……」
俺はちょっと言葉を濁した。
慰謝料などの金の問題だ。まだ片付いてないのだな……
離婚てのは、普通のカップルが別れるのとはまた別問題で色々あるんだな。
大変そうだ。
「で、君は復縁しない旨を相手に伝えてあるの?」
「ええ、もちろん。でも最近何度もかかってくるんです…」
ちょっと迷惑そうに眉をしかめ、柏木さんはグラスを手に取った。
忌まわしいことを飲み込むように、ぐいとカクテルを煽る。
「そ、そんな飲み方したら酔うよ」
俺は慌てた。
柏木さんがこれぐらいで酔っ払うとは思わなかったが、ちょっと心配だ。
グラスを置いて、柏木さんは前髪をかきあげた。
「酔っ払ってしまいたいです」