Fahrenheit -華氏-
■Misstep(失敗)
柏木さんは肩に置かれた俺の手と、俺の顔をゆっくりと見比べた。
今にも泣き出しそうに、瞳を揺らしている。
「引くかよ……そりゃ男の方が明らかに悪いだろ。ってか何でそのときぶったぎっておかなかったのよ?」
柏木さんは涙をこらえるように何度も瞬きをして、ちょっと口の端に笑みを湛えた。
「ちょっと脅してやるつもりだったんです。それに本当にしたら傷害罪で捕まっちゃうでしょう?夫のアソコを切って御用なんて、恥ずかしくて顔向けできません」
そりゃそうだ…
やった方もだけど、やられた方も恥ずかしくて一生外に出られん。
俺は自分のことを想像してぞーっとなった。
ってか、柏木さん発言が過激ね。キャっ♪
「離婚してどれぐらい?」
「……1年とちょっとです」
「ふーん」
何気なく呟いて俺はグラスを手に取った。
「結婚は―――あたしの人生の中で唯一の汚点です」
そう言った柏木さんはそれきり黙りこんでカクテルを飲んでいた。
彼女の中でもうケリはついてる?
でもMは………
Mは何で今更柏木さんとやり直したいなんて言ってきたんだろう。
結婚するぐらいだから、昔は彼女を愛していた。
その想いが最近になってまた浮上してきた?
包丁を突き出されたという過去がありながらも、彼女とやり直したいと想うほどに……
でも
残念だな。
お前が一旦離した心はもう
お前に戻らない。
彼女の本心を聞くのも
涙を拭うのも
彼女を笑わせるのも
今は全部俺だ。
お前には戻させない―――