Fahrenheit -華氏-

コンビニの奥の冷蔵ケースの方へ柏木さんは歩いていった。


「お茶が欲しいんです。家で切らしてるから」


そう言って一番上の棚に手を伸ばす。


届かない高さじゃないけれど、俺が取った方が早そうだったから、俺は柏木さんが欲しがっているお茶のペットボトルを取ろうとした。


あれ?


こんな光景―――いつかもあったよな?


そうだ…


会社の資料室で―――


あれは初めて柏木さんとキスしたときのことだ―――


つい三ヶ月程前の出来事だと言うのに随分昔に感じる。


その一ヵ月後(つまり今からだと二ヶ月前)、初めて柏木さんのマンションに行って


初めて肌を重ねた。


その一つ一つがまるできれいな思い出のようにセピア色をして俺の中に存在している。


柏木さんの中には


果たして残っているのだろうか。


思い出の一ページとして?もしかしたら思い出ですらないかもしれない。


それに思い出なんてことにしてしまってて欲しくもない。






俺は




新しい記憶を二人で作っていきたいんだ。




俺はちょっと屈むと柏木さんの顔を覗き込んだ。


柏木さんが不思議そうに首を傾げてる。


淡い色をした唇が僅かに潤んでいた。



前触れもなく




俺はそんな彼女の柔らかそうな唇に口付けを落とした―――









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