Fahrenheit -華氏-
■Maximum(最大値)
マンションに到着すると、最初にリビングに通された。
やっぱ女の……それも好きな人の部屋だと緊張する。
前に来たときとほとんど何も変わっていない。
テーブルやクッションの位置もだ。
ただ一つ変わっているのは、経済雑誌がテーブルの上に一冊、投げ置かれたいただけだった。
言葉も少なめに俺はコンビニのビニールをローテーブルに置いた。
すぐ近くにある経済誌を手に取り、表紙を見る。
俺の購読しているシリーズの一冊と同じものだった。
「今週のだ。俺、まだ買ってねぇや」
表紙はには“ヴァレンタイン財団、新しい事業を展開!今最も熱いビジネス特集”と大きな文字で書かれていた。
ヴァレンタイン……
またか……
俺はちょっと目を細めた。
「すみません、読んだままになってました。今片付けますね」
柏木さんは俺の手から雑誌を奪うようにすると、くるりと背を向けた。
そして足元にあるゴミ箱へ、落とし入れる。
躊躇いも無く。まるでそれらと関係を断ち切るかのように。
柏木さんにしちゃちょっと乱暴な仕草だ。
彼女とヴァレンタインの間に何があったのか知らない。
でも彼女個人とヴァレンタインに何か確執があることは疑いようのないことだ。
彼女は自らヴァレンタインについて何も語ろうとはしない。
俺が聞けば、きっと教えてくれるに違いないが、
俺は聞かなかった。
いや、聞けなかったと言った方が正しいのか。
彼女の―――立ち入っちゃいけない場所に土足であがりこむような気がしてならなかったから。
「部長、お風呂ためますけど入ります?」
柏木さんがくるりと振り返って俺を見た。