Fahrenheit -華氏-
ジェットバスで泡立てたバスタブに二人して向かい合って浸かる。
この前ここに来たときもそうしていた。
あのときは
何も知らずに、ただ幸せだった。
あの頃に比べ、俺は柏木さんのことを少しだけ知ることができた。
俺の向かい側で柏木さんはまとめた髪から流れ落ちる雫を掌で拭っている。
綺麗な白い腕が湯から出ていて、指が髪の一房を掬った。
肘から上、手首から10㎝程のところに防水性の白い大きな絆創膏が貼ってある。
大きさからして結構な広範囲だ。
ガラスで怪我をした、と言っていた傷だろうか。
俺がその絆創膏をじっと見ていると、柏木さんはちょっと顔をしかめて腕を湯の中に戻した。
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
「そう?痛かったでしょう?」
俺が眉を寄せると、柏木さんは無表情に答えた。
「いいえ。痛くはありません」
と。
無表情だったけれど、その顔の裏側には「心配しないでください」という言葉が見え隠れしていた。
これ以上突っ込んで聞いてこないでください。とも言われてる気がして
俺は口を噤んだ。
手摺に肘を突いて、顎を乗せると俺は何気なく彼女の二の腕に視線を上げた。
彼女の白い腕には植物のツタで描かれたハート(?)のタトゥーが
まるで誰かの所有物であるかのように
その人物がつけた印のように
見えた。