Fahrenheit -華氏-

み、緑川!!


なんて目ざとい奴!!


ぎくりとして、俺は目だけを上にあげた。


今日は柏木さんにワックスを借りて、多少セット力が弱いものの、髪もきちんと整えてきた。


髭は一日でそんなに伸びないから、今日一日ぐらい何とかなる。


寝不足を感じさせないよう、朝から栄養剤2本だって飲んだ。



なのに……


「まさか…どこかお泊りですか?」


ぎくぎくぎく~~~!!


暑くもないのに、やたらと汗が流れてきそうだった。


事情を知っている柏木さんが助け舟を出そうと、口を開きかけたが…


「緑川さん!」


佐々木のちょっと怒るような声で、緑川さんはびくりと肩を揺らした。


思えば佐々木がこんな風に声を荒げるのを聞いたことがない。


いつも温厚で、何事にも素直。


愚痴は零すが、怒りを露にしたことがない佐々木が…


「部長は!あなたの発注ミスを昨日一晩かけて対処してくれたわけですよ!!あなたのせいで!」


佐々木がキレた!!あの佐々木が!


ここのメンバーの中で誰よりも忍耐強いと思われる佐々木が一番最初に!!


意外なその現実に、俺と柏木さんは無言で顔を合わせた。


佐々木もよっぽど溜まるもんがあったんだろうな。





それにしても、佐々木は


どうやら勘違いしているようだ。


でも敢えて訂正はしないけど。ってかできない。


普段温厚な佐々木の声は、緑川さんをビビらせるのに、十分効果があったようだ。


「あたしの……ミス?」


「あ~…結果、片付いたからいいって」


それに半分は柏木さんに手伝ってもらったから、一晩ってこともなかったし。


「あたし、何が間違ってたんですか?」


「発注リストを全部一段ずつ間違えて注文入れてたみたいですね。今後は気をつけてください」


柏木さんが会話を絞めくくった。


佐々木はあま怒り慣れていないのか、どこか消化不良の顔つきをしていたし、そんな佐々木に怒られ緑川さんはしゅんとうな垂れているし、柏木さんはできるだけ関わりたくないという感じだ。




何だか不協和音だった。










< 447 / 697 >

この作品をシェア

pagetop