Fahrenheit -華氏-


そんな日常が三日ほど続き、ある日営業から帰ってくると、取引先の相手と打ち合わせを終えた柏木さんが先方を送り出すためにエレベーターで降りてくるところと鉢合わせた。


「あ、お帰りなさい。部長、丁度良かったです。こちらアメリカンウェストスターの小野田専務です」


俺は柏木さんの隣に立っていた人の良さそうな中年男を見た。


アメリカンウェストスター……東星妨の専務?


TUBAKIウエディングの件で営業や企画の人間とは何度か会ったが……


何で専務取締役がここに…?


「小野田様…。TUBAKIウエディングさんの件では大変お世話になっております。お会いするのは初めてですね。外資物流事業部長の神流です」


「小野田です。神流部長のお噂はかねがね。随分お若いのにやり手だとか」


名刺のやり取りをして、小野田専務はにこにこと笑顔を浮かべた。


「ご謙遜を。私なんてまだまだ」


「今度ゆっくりお話を伺いたいものです。申し訳ない、今日は急ぎの用件があるので、これで」


「ご足労頂きましてありがとうございました」


柏木さんが丁寧に頭を下げる。


「いやいや、何の。いいお話を頂いてこちらとしても嬉しい限りですよ。では失礼致します」


小野田専務は言葉も少なめに、爽やかに去っていった。


「いい話?TUBAKIウエディングの件以外でも何か取引があるの?」


小野田専務の姿が見えなくなって俺は柏木さんに聞いた。


「ええ、まぁ。ちょっと個人的なお話です…」


柏木さんが珍しく言葉を濁した。


個人的な話…?


なのにわざわざ会社に?




小野田専務はご機嫌な様子だった。


と言うことはあちらにとって不利な話ではないようだ。




柏木さん……



今度は君、何をしようとしている―――?






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