Fahrenheit -華氏-
俺
考えるとかそんな余裕ねぇんじゃないの?
うかうかしてっと、柏木さんなんて誰かにあっさり捕られちまう。
大体、いつでもがんがん攻める俺に、考えるなんて性に合わないんだ。
そんなことを考えながらエレベーターを待っていると、ふいに扉が開いた。
「あ。お疲れ様です」
中に居た綾子が妙にかしこまって俺を見上げてきた。
何だよ、いつになくかしこまって…
「お疲れ~」
と言って、綾子の後ろを見て、俺は表情を歪めた。
ゲ
何でこいつと鉢合わせる?
「ご苦労さま」
綾子の背後に居る男が少しだけニヒルに笑った。
「……お疲れ様でございます」
俺はわざとバカ丁寧に言うと、ぺこりと一礼してエレベーターに乗り込んだ。
綾子の横に並び、男の前に立つ。
背中を向けていても分かる、俺とほぼ同じ身長の気配を。
髪はいつもきっちりオールバックにセットしてあって、染めてるのか地毛なのか一房銀色のラインが入っている。
髪と同じぐらいきっちり整えた口ひげをたくわえ、着ているものはイタリアのオーダーメイド高級スーツ。
頭のてっぺんからつま先まで嫌味な奴だ。
おまけに声も渋い。
今年55だってのに、俺より元気そうで何より紳士てき。
俺は
こいつが苦手だ。