Fahrenheit -華氏-


会社の女性社員たちはこいつのことをキャーキャー言って色々噂している。


綾子もその内の一人だ。


夜、高級ガウンを羽織ってブランデーグラスを傾け、葉巻を銜え優雅にクラッシックを聞いていそう、とか勝手な想像が横行している。


待て、待て待て待て…


こいつはガウンじゃなくて、年中浴衣を着ているし、ブランデーじゃなく焼酎が何より好きだ。


つまみはチーズよりも、するめ。


タバコは昔からマイルドセブン。


クラッシックは好きだと思うけど、歌手の谷村 新司をこよなく愛している。


口ひげだって、谷村 新司を意識してるに違いない。


極めつけにこいつの名前は、昴(スバル)。


「さらば昴よ」と言い置いて俺はエレベーターを降りたくなった。


※『昴』は谷村 新司さんの名曲です


「最近どうだ?」


昴…もとい男が聞いてきた。


「…まぁ、順調ですよ?」


俺はこいつの前に居るからこいつがどんな表情をしているのか分からない。


機嫌は悪くなさそうだった。


別に、ご機嫌取りするつもりもないけど。


早くエレベーターが下に到着しないかな?俺はそわそわした面持ちでランプの点灯を見上げていた。


「緑川の娘が外資に異動になったらしいな」


「人事に泣きついたんでしょう。何を企んでるのか知りませんが…」


「緑川の娘さんはどうだ?使えるか?」


俺に聞くなよ。


「ご自分の目でごらんになれば?すぐに分かりますよ」


俺がどんだけ苦労してるのか。








< 454 / 697 >

この作品をシェア

pagetop