Fahrenheit -華氏-
「お疲れ」裕二が軽く手をあげた。
「おう」
俺も軽くそれに応える。
ジョッキが運ばれて軽くグラスを合わせると、裕二がかしこまったように俺に向き直った。
「俺たち、付き合うことになったから」
何のためらいもなく、裕二は堂々と言い切った。
俺は目を開いて綾子と裕二を交互に見比べた。
綾子ははにかみながらも、裕二は真正面から俺を見据えまま…二人とも妙に堂々としていた。
「……え~っと…お前らこの前喧嘩してたよね?それに前一度お前のマンションに行ったとき、綾子が居て、そのときお前ら揃って『こいつだけはない』って言ったよな。
どういう心境の変化?どういういきさつでそーなったわけ?」
「…ああ、あの喧嘩。あれは、俺が綾子に言い寄ってたからだよ。俺と付き合ってくれって。ずっと逃げられてたけど…」
と裕二はちょっと苦い表情を浮かべた。
「へ…ちょっと待って。お前から?綾子からじゃなく……。何で?お前綾子のこと前から好きだったの?」
俺は驚いた。
付き合っているという事実にもかなり驚かされたが、それ以前に裕二の方からってことが信じられなかった。
いや、こいつも俺と同じタイプでがんがん肉食系だから納得と言やぁ納得なんだけど。
それでも裕二の綾子に対する態度は女というよりも、男友達と同じ扱いだったから。
それに綾子もよくOKしたよな。
こんな遊び人の軽い奴を。
「……まぁ…前々からってことは、ない。意識し初めてから一ヶ月もたってねぇよ」
「そりゃそうだよな…?きっかけは?」
長年一緒に居て今更男女の仲になるには、それなりに何かあったに違いない。
俺の当然の質問に裕二と綾子は顔を見合わせた。