Fahrenheit -華氏-
バカな綾子め。俺たち二人を残して席を離れるとどういうことになるか分かってんのか?
俺は裕二に顔を寄せると、
「でもさ。お前他本気で綾子と付き合う気?他の女はどーすンだよ」
肺に残った煙を吐きながらだったから、祐二が煙そうに顔を歪めそれでもちょっと意味深に笑った。
「そんなん切ったに決まってンだろ」
何ていうかな。
こいつとは色んな意味で似ているし、考えてることもそれなりに分かる。
しかし、ここまで俺とリンクするとは……
まぁ裏を返せばそれだけの気持ちがあるってことだけどね。
「……お前、本気で……?」
「本気で。何かさぁ…俺、綾子は今まで気の強い女だと思ってた。いや、実際今でも俺より強いけどさ。
桐島の結婚式のとき、綾子はあいつを思って泣いてたんだ……
普段強い女がふいに見せる涙で…」
と言葉を切り、裕二はちょっと上目遣いで俺を見てきた。
「俺、やられた」
あっそ。
「何かさぁ、その瞬間…他の男の為に涙なんて流すなよ。俺が居るじゃねぇか、って気になっちまって。
俺、押し倒した」
あ、はい。
「一度寝たら、その後気まずくなっちまって。綾子はあからさまに俺を避けるし、妙に余所余所しいし、何だかすごく傷ついて…悲しかった。
そこでようやく俺気付いてさ。ああ、あいつのこと好きなんだ、って。
そしたら後はもう突進あるのみ、だったね」
突進あるのみ…かぁ。
裕二は何気にすげぇな。
振られたらどうしよう、とか、これ以上気まずくなったらどうしようとか考えないんだな。
俺は柏木さんにいつだって臆病だ。
「いつだったかちょっと前にエレベーターホールで顔合わせたことあったじゃん」
裕二が唐突に話を変えた。