Fahrenheit -華氏-
「あぁそう言えば…裕二てめ!この前のAVハズレだったぞ!!」
結局その後すぐにゴミ箱行きになった。
「まぁまぁそう怒りなさんなって。その話は置いといて、あの日もさ……
俺、綾子の帰りを待ってたんだ」
ああ、そう言えば女を待ってるって言ってたっけ。
妙に真剣な顔つきで……
「あれ!綾子だったの!!?AV持って??」
「突っ込むとこそこかよ。AVは、ホントにお前にやるつもりで持ち歩いてたんだよ」
裕二がちょっと白い歯を見せて笑った。
「何時に終わるか分からないし、話し合うつもりもないから無理って言われてたけど、俺はどうしても綾子に気持ちを伝えたかったから、何時間も待ち続けたよ」
「お前…それ、ストーカーじゃん」
可哀想なものを見るような目つきで、俺は裕二をちょっと哀れんだ。
でもホントのところは……
羨ましかったんだ。
こいつの何にも恐れずにまっすぐに突き進むその姿勢が。
「俺、綾子のこと好きだよ。あいつのこと大切にしたいと思う。あいつを支えてやりたいと思う。
その気持ちをまっすぐにぶつけて、ようやく一週間前、付き合うことになったんだ」
裕二ははにかみながらもちょっと笑い、指でピースサインを作った。
こいつのこんな顔初めて見た。
何て言うんだろ……
すごく
すごく幸せそうだ。
いつかの桐島の表情を思い出す。
あれは結婚式の日だったか……
「そっか。おめとっさん」
俺は苦笑すると、ビールのジョッキを裕二のジョッキに軽くぶつけた。
心から素直に祝福したかったけど、
何だかもやもやするのは、自分にはない強さをこいつが持ち得て居たからだろうか。
きっと
こいつの行動力が羨ましかったんだな、俺は……
みんな
みんな幸せを掴むために動き出している……
それなのに俺はいつまでも止まったままだ。