Fahrenheit -華氏-
え……?俺…じゃない??
「ど、どうかしたの?」
恐る恐る聞くと、柏木さんは眉間に皺を寄せ、珍しく怒りを露にして書類を手渡してきた。
A4サイズの書類は毎月取引のあるKTKテクニカル、ニューヨーク支社への請求書だった。
「これがどうした?」
「先方が10日の伝票を11日にしてくれと、申されまして」
KTKテクニカルは毎月10日締めだ。
もう15日で請求書はとっくに締めて、発送済みである。
と、ここまではいい。
「で?どう対応したの?」
「緑川さんが先方の申し出通りに11日の日付で伝票を修正してしまったようです。先程経理部から内線が掛かってきて判明したのですが」
眉間の皺を深くして、柏木さんはため息を吐いた。
佐々木も苦いものを噛み潰したように顔をしかめている。
クラッ…
俺は、眩暈を起こしそうになった。
ま、またか…また緑川か。
「だってぇ一日ぐらい変えたっていいじゃないですかぁ」
「あのねぇ。一日ぐらいってそんな問題じゃないの。締め日は10日だから、それでもう売掛金の集計を取ってるし、残高も元帳に載ってるの。
ついでに言うと請求書も発行済みだ。
一日変えただけで、売掛金残高が狂ってくるわけだから、もうここだけの問題じゃなくなる」
そんなこと、ここに居る人間なら誰もが知ってる常識だ。
しかもことの大きさと重大さは結構なもので、経理部を巻き込んでの大幅修正になるから、かなり厄介だ。
「だって、知らなかったからぁ」
緑川は向かいの席で、上目遣いに俺を見上げると目を潤ませた。
出たな。
こいつの必殺技!