Fahrenheit -華氏-
俺はその手には乗らない。
冷たいと言われようが、怖がられようが、関係ない。
「知らなかったからと言って解決する問題じゃない。分からなかったらどうして聞かないんだ」
できるだけ(俺の中では)優しく言ったつもりだが、緑川は今にも泣き出しそうに目を赤く充血させている。
「…だってぇ、みんな忙しそうだったからぁ」
そんなの問題にならねぇよ!!
苛々とした面持ちで、俺は受話器を取り上げた。
内線で経理部の外資物流事業部担当の若い社員に繋げると、相手も
『…いくら神流部長の頼みでも、一度あげた売掛金を変えることはできませんよ』と若干苛立った答えが返って来た。
外資だけでの取引先だけでも毎月40件以上ある。
ここと同じだけ殺人的に忙しい部署で、それらを一手に引き受けてるのがこの社員なわけで、殺気だってるのがまざまざと分かった。
「そこを何とか…。修正じゃなく赤、黒伝を切るから上手く帳尻を合わせてくれない?」
『僕の判断だけではどうにも……こっちの部長に相談してみます』
ぴしゃりと、そう言われたらこれ以上強くは出られない。
俺は承諾すると、内線を切った。
経理部長か……また大ごとになりそうだ。
俺は額に手をやりガクリと首をうな垂れた。
「先方にも修正の利かないことを説明したんですが、あちらも一度引き受けてくれたことを今更覆されても困ります、とのことで。こちらの申し出を飲んではくれませんでした」
相変わらず仕事の速い柏木さんが、しっかり先手を打ってくれたようだ。
だけどやはり一筋縄じゃいかないらしい。柏木さんは眉を寄せて俺を見てきた。
そりゃそうだ…
間違ってるのは明らかにこっちの方で。
って言っても何とかするしかないだろ!!
俺は席を立ち上がった。