Fahrenheit -華氏-
「どちらに?」
柏木さんが俺を見上げてきた。心配そうに眉根を寄せている。
「経理部。ちょっと話してくる。柏木さんは心配しないで。俺がなんとかするから」
「あ、あたしも……」と言って緑川が席を立った。
「いい。キミはそこに居て」
お前に来られると余計話がこじれるんだよ!
「では私も伺います」
驚いたことに、柏木さんも席を立ち上がった。
「え……でも…」
「一人より二人の方がいいと思います」
柏木さんは濁りのないまっすぐな目で俺を見てきた。
意志の強そうな光を湛えた瞳に、ちょっと安心すら覚える。
そんなわけで二人揃って経理部のフロアに行ったものの
やはりそう簡単にはいかなかった。
経理部のフロアは外資が入っているフロアと同じ広さだったが、こちらは一部署しか入っていない為、パーテンションで細かく仕切っていない。
経理1課、2課、3課とデスクの群ができていて、賢そうな社員たちがいそいそと仕事に励んでいる。
8階フロアとはまた別の雰囲気だ。
「無理です。売掛金残高確認表は再発行できません。あなたも会社の決まりを良くご存知の筈でしょう?」
50過ぎの経理部長はやせぎすで、見るからに神経質そうだ。
真面目で融通が利かない。
俺のちょっとした冗談も通じなさそうだ。
毎日毎日数字ばかりを追っていると自然こうなるのかな。
「無理は承知でお願いしてるんです。今後気をつけますので、次月の請求で何とか合わせていただけないでしょうか」
俺は深々と頭を下げたが、
「それもできませんね」
とぴしゃりとまるで遮断されるかの物言いで言われた。