Fahrenheit -華氏-
俺は自分で言うのもなんだが、心が広い方じゃないと思う。
佐々木に関しては、あいつが入社してから何回怒鳴ったか。
それでも俺は佐々木を叱った後に、あいつが必ずその部分を直そうとする努力がしっかり見えるから、
それ以上にあいつを可愛がっている。
佐々木もそんな俺が本気で嫌ってないことを知っているので、俺になついてくる。
そんな佐々木も含め、俺をよく知っている人間…昔からの友人や裕二などの同期は、
揃って
「口が悪い。背もでかけりゃ態度もでかい」と俺のことを言う。
まぁ…そうだろうな。
重々承知している。
それでも俺の周りに絶えず人が居るのは―――
俺が代表取締役会長の
ジュニアだからだ。
父親の力が無いと、俺はここまで上がってくることはできなかった?
親父を超えたいと思っていても、追いついたところで、それは用意されていたレールにしか過ぎないんだ。
レールの先は幻影で、走っても走っても……
先が見えない。
俺はそんな現実を今、まざまざと思い知らされた。
いつもなら、こんなこと笑ってかわすことができる。
だけど今、俺の隣には柏木さんが居る。
男なんてかっこ悪い生き物だから、プライドを傷つけられたみたいで酷くバツが悪い。
俺の声は思った以上に響いたのか、経理部の連中がパソコンや電話に置いていた手を休めてこちらを見てくる。
「柏木さん、行こう」
俺はバツが悪そうに顔を逸らすと、彼女を急かした。
柏木さんは何も言わずに俺の後をついてくる。
経理部のあるフロアを出るとき、俺と柏木さんはもう一度小さく頭を下げ、
今度こそ後ろを振り返らず
その場を立ち去った。