Fahrenheit -華氏-
うまく……
いかないな。
エレベーターを待っている間、俺は口を開くことはなかった。
いつもならくだらない冗談ばかり言って柏木さんに冷たい視線で見られるのに。
それがちょっと楽しかったりするのに。
思った以上に堪えている。
請求書の件で、じゃない。
経理部長の放った“ジュニア”という言葉に―――だ。
柏木さんも、もちろん無言。
元々…口数が少ないひとだけど、俺が喋らなければホントに何もないんだな。
俺ばっか頑張ってる感じがして、そしてその頑張りが空回っている感じがして……虚しい。
柏木さんにとって俺はホントにどーでもいいんだな……
いつもならこんな小さなことであれこれ考えたりしない。
突進あるのみ、だ。
だけど今は……とてもじゃないが、そんな風に前向きに考えられない。
エレベーターが来て、俺たちは無言で箱の中に乗り込んだ。
箱の中には誰もいない。
俺たち二人だけだ。
気まずい沈黙だけがやたらとエレベーター内を不快に満たす。
二人きりなのに…全然楽しくない……
そんなことを思っていると、俺の指の先に熱を持ったように熱い柏木さんの指の感触がそっと触れた。