Fahrenheit -華氏-
■Procession(前進)
エレベーターの重い扉がゆっくりと開いて、柏木さんの手が俺から離れようとする。
名残惜しそうにもう一度手を握ると、柏木さんは困ったように眉を寄せてきた。
扉が徐々に開こうと、聞き慣れた機械音が耳の奥で響いて。
俺は諦めて手を離そうとした。
柏木さんは
完全に扉が開く瞬間、そっと“閉”ボタンを押した。
エレベーターの扉がまた機械音を鳴らしてゆっくりと閉まる。
俺の目の前で、まるで外界からシャットダウンするかのように、きっちりと扉が閉まった。
柏木さんはくるりと振り返り、俺の方を向くと
しなやかな腕を俺の首へと回してきた。
柔らかくて華奢な体の感触を体いっぱいに感じる。
え……
なん……で………
柏木さんの指が“閉”ボタンから離れたことで、一旦閉まった扉がまたも開こうとした。
きっと誰かが向こう側でエレベーターを呼んでいるのだ。
ダンっ!
俺は乱暴に“閉”ボタンを拳で押すと、片手で柏木さんを抱きすくめた。
「啓人―――」
柏木さんは俺の耳元で小さく囁いた。
“部長”でもなく“会長の息子”でもない。
唯一無二の俺と言う存在を―――
彼女だけが求めてくれた。