Fahrenheit -華氏-
ゆっくりした手付きでタバコを一本吸って、フロアに戻ると、三人がいつもどおり仕事をしていた。
「部長、お帰りなさい。やっぱりダメだったみたいですねぇ」
と佐々木が困ったように眉を寄せていた。
「部長、すみませんでした……」
と緑川さんがしおらしく頭を下げている。
はっきり言って今はそれどころじゃない。
「……ああ、仕方ない。何とかするよ」
力なく答えてデスクに向かう。
前を向くと、柏木さんの横顔が視界に入る。
いつもはその横顔が視界に入ることが嬉しかった。
でも、今はちょっと……いや、かなり辛いんだ。
「佐々木、こないだの見積もりさ…」
俺は何でもない振りして、佐々木に話を振った。
いつもより妙にハイテンションで。
涙が出てきそうなのを必死に堪えて。
その日俺は柏木さんの顔を見なかった。
極力話もしないよう、押し黙って。
柏木さんも居づらいのか、珍しく定時に帰っていった。
一人になっても仕事を続けていると、俺はふと気になってインターネットを開いた。
赤いガーベラの花言葉を調べて見ると、意味は―――
神秘、常に前進
だった。