Fahrenheit -華氏-


出ようか出ないか散々迷った。


だけど部長の顔がカメラフォンから遠のいていくのを見て、


「―――はい……」


出てしまった。



『……あ…柏木さん?―――俺、神流だけど』


どちらの神流様ですか?


いつもならそう言って部長を弄るのに。部長も本気で慌てるからそれを聞くのが楽しいのに。


今のあたしにはそれすら余裕がなかった。


「どう……したんですか?」


『…いや。風邪引いたって佐々木から聞いたから…ちょっとお見舞いに……って、迷惑だよね?突然』


無理やり笑顔を作ってるのが分かった。


昨日は何も言わずに去ってしまったあたしより、何倍も辛い筈なのに。


部長は笑ってくれる。





あたし



部長の笑顔好きなんです。





「……ありがとうございます。鍵…開けますから上がってきてください」





気づいたらそう答えていた。








< 490 / 697 >

この作品をシェア

pagetop