Fahrenheit -華氏-
出ようか出ないか散々迷った。
だけど部長の顔がカメラフォンから遠のいていくのを見て、
「―――はい……」
出てしまった。
『……あ…柏木さん?―――俺、神流だけど』
どちらの神流様ですか?
いつもならそう言って部長を弄るのに。部長も本気で慌てるからそれを聞くのが楽しいのに。
今のあたしにはそれすら余裕がなかった。
「どう……したんですか?」
『…いや。風邪引いたって佐々木から聞いたから…ちょっとお見舞いに……って、迷惑だよね?突然』
無理やり笑顔を作ってるのが分かった。
昨日は何も言わずに去ってしまったあたしより、何倍も辛い筈なのに。
部長は笑ってくれる。
あたし
部長の笑顔好きなんです。
「……ありがとうございます。鍵…開けますから上がってきてください」
気づいたらそう答えていた。