Fahrenheit -華氏-
「……ホントに風邪だったんだ。仮病かと思った…」
扉を開けてあたしの顔を見るなり、部長はちょっと意外そうに目をしばたいた。
仮病なんて使いますか。
呆れたように吐息をつくと、あたしは部長をリビングに招きいれた。
部長の纏った香り……ファーレンハイトが―――
鼻腔をくすぐる。
変なの。
鼻がつまって香りなんて感じられないのに、でも彼の香りを身近に感じる。
今日は
もちろん化粧もしていなし、髪のセットもしていない。
綺麗にしてないあたしを見て、部長はどう思うだろう。
せめて髪だけでも梳かせば良かったかな。
「プリン…買ってきたんだ。柏木さん好きでしょ?」
部長はそう言ってケーキ屋さんの箱をあたしに差し出した。
あたしは無言で受け取ると、中を開いた。
プレーン味に、ストロベリー、マンゴーにかぼちゃ。四種類入っている。
こんなに一人で食べれないって。
ちょっと苦笑を漏らす。
でも、一生懸命選んでくれたんだろうな。きっと…
「コーヒーでも淹れます。ついでだから食べていきませんか?」
あたしの申し出に、部長は軽く手を振った。
「いや。様子見に来ただけだから…顔見たら帰るつもりだったし」
やっぱり…声に覇気がない。
いつもなら勧めなくてもソファに座るのに、今日は立ったままだし。
どこかよそよそしい。
と言うか、あたしが無神経過ぎるのか…