Fahrenheit -華氏-
どれぐらい撫で続けていただろう。
数分だったかもしれない、あるいは数十分だったかもしれない。
永遠ともとれる長い時間に思えた。
やがて柏木さんは鼻をすすると、顔を上げた。
充血した目で俺を見上げてきて、涙を拭う。
「ごめんなさい。あたし……部長の前でいつも泣いてばかり……」
「気にするなって。涙はストレスだから、流しちゃった方がいいんだよ。ちょっとはすっきりするはずだぜ?」
柏木さんはもう一度鼻を啜ると、小さく頷いた。
やがてまたぽつりぽつりと話し出す。
「―――離婚が決定すると、今度は娘の親権争いであたしたちは裁判で戦うことになりました……」
「………裁判」
アメリカは裁判が多い国だ。
それこそ日本では考えられない小さな問題まで、すぐに法廷に持ち込む。
それでも柏木さんの言う裁判という言葉は、それ以上の重みを感じた。
「浮気をしたのは向こうでしたから、最初はあたしの方が有利でした」
そりゃそうだろ…
でも、現実に柏木さんは娘を手放すことになった。
何がどう転んでそうなったのか?
「でもあたしにも否はあります。夜の生活に応えなかったとか、仕事ばかりで家事をおろそかにしていたとか……それに喧嘩の際に包丁を持ち出したことが、裁判で問題になりまして……」
あ、そっか。
包丁は確かに……
明確な殺意が無くても、精神的苦痛を強いられたと言えば通りそうだ。
ほんと…あの手この手だな。
できればそんなこと関わりたくねぇや。