Fahrenheit -華氏-
あなたの目は千里眼のようですね。
彼女は小さく笑い、やがて口を開いた。
「あたしは神経症だと、お医者さまに診断されました。もう一年も前からです」
俺の胸の中で囁くように呟く。
ほとんど消え入りそうな小さな声だった。
神経症……つまりはノイローゼだ。
過度なストレスや突然のショックでなりうると、以前精神科医の友人から聞いたことがある。
「抑うつ神経症と言って、うつ病との区別がつきにくい病気です。どちらも精神病なのですが……」
「ごめん……俺…そう言うこと疎くて…よく知らないんだ……」
「大半の方はそうです」
柏木さんは「知らなくて当たり前です」と小さく笑った。
「睡眠がろくにとれなくて、判断力が鈍り、衝動的になったり突然悲しくなったり……もう一年もこの病気と戦っています」
「病院には?」
「もちろん行きました。今も通院中です。お薬…安定剤と睡眠薬で何とかやり過ごしてはいるんですけれど……それだけではどうしても抑えられないときがありまして……」
それがあの傷に繋がってるってことか……
「部長は死にたいと思ったことあります?」