Fahrenheit -華氏-



突然物騒なことを言われて、俺は戸惑った。


死にたい…なんて一度も思ったことがない。


そんなこと考えたこともない。


確かに去年村木にやり込められて、一時期体調を崩していたときもあるけど、それでもそこまで思ったことはない。


「あたしは……何度も…あります……」


俺は目を開いた。


俺が抱きしめてるから、柏木さんの表情が読めない。


でも声音は淡々としていて、特に不安定ではなさそうだった。


でもそれが逆に怖い。


彼女が突然、永遠に俺の手の届かない場所に行ってしまいそうで、怖かった。


「そんな……そんな簡単に死ぬなんて……言うなよ…」


弱々しい声が洩れる。


でも他に何を言っていいのか分からなかった。


「簡単じゃありませんよ。………簡単じゃ……」


うん……分かってる……


そこに行き着くまで柏木さんはたくさん苦しんできた。


たくさん涙を流してきた。


「………死ぬつもりで、腕を切ったの?」


「………あのときはそんなつもりはなかったです。ただ、ほとんど衝動的としか思えない感情でした」




俺は身震いをした。


柏木さんをそこまで突き動かすもの。


彼女をそこまで苦しめるもの……





それが何なのか、理由は分かっているのに、心がついていかない。







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