Fahrenheit -華氏-
彼女の心の中にある闇は俺が想像したより深い。
想像したより暗い。
俺はその闇を晴らすことができなかった。
俯いた視線を、どこに彷徨わせていいのか分からず、視界の定まらないぼんやりとした目線を彼女の膝辺りで行ったりきたりさせていた。
手を……
離さなきゃ……
そう思ったけど、俺の手は自分の意志とは反対に彼女の小さな手を握り続けている。
「でも」
柏木さんが俺の手をそっと握り返してきた。
俺は顔を上げた。
引っ込めた涙がまた出てきそうだった。
「でもあたしは部長に傍に居て欲しい。ただ居るだけでいいんです。
あたしの手を離さないで。ずっと笑ってて。
それだけで、あたしは救われる。
あたしはあなたを
必要としています」
柏木さんが今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて、笑った。
こぼれるような笑顔。
太陽の笑顔。
俺が初めて見た柏木さんの
心からの笑顔だった。