Fahrenheit -華氏-
■Boyfriend(彼氏)
好きな人が近く居るって最高だね。
それだけで、いつもの何の変哲もない景色がキラキラ輝いて見えるようになるよ。
乱雑に書類が積みあがったデスク。
無機質なナンバーディスプレイの電話機。
社員がフロアを歩き回る音も、エレベーターが上下する音も、ブラインドが下がった窓の外も何もかもが新鮮に思える。
……のは、俺だけ??
昨日、高熱を出してへたってとは思えないぐらい、柏木さんはいつも通り。
いつも通り可愛い。
今日は青と白のストライプ柄のシャツに、二重になったパールのネックレス。ネイビー色のスカーフをさりげなく首から下げて。
下は白いパンツ。
柏木さんが動くたびにポニーテールが揺れて、それも可愛い。
可愛いケド……相変わらず冷たい。
付き合うことになったのは俺の夢??かって疑うほどに。
「部長、何度言えば分かるんですか!発注書の字はもっと綺麗に、そしてちゃんと名前を書いて下さい。先方から字が読めませんと、問い合わせがありました」
『ガミガミ…』
「はい。すみません」
俺はしょんぼりとうな垂れた。
そんなことが半日続いて、午後になるとTUBAKIウエディングの香坂さんが尋ねてきた。
アポは取ってないけれど、所用のついでに近くに寄ったので、経過報告だけでも聞きたいとのことだった。
幸いにも、俺も柏木さんも手が離せないことはない。
俺たちは揃って香坂さんを出迎えた。
―――……
「……以上、30点の生地で間違いありませんね」
俺の念押しに、香坂さんは頷いた。
打ち合わせが終わると、そのまま「さよなら」もなんなので、俺たちは出されたお茶を飲みながら雑談。
湯のみをお茶受けに置きながら、香坂さんがにっこり笑った。
「今日の柏木さん、何だかご機嫌ですね。恋でもしてるの?」