Fahrenheit -華氏-
■Long shot(大穴)
「そう言えばさぁ桐島結婚すんだって?」
俺はテーブルの端で静かにビールを飲んでいた桐島を見た。
「おめっとぉさん」
桐島ははにかみながらもちょっと笑った。
「ありがと。今から大変だよ。ドレス決めたりさぁ」
「結婚なさるんですか?」
隣で柏木さんが俺をちらりと見て、次いで桐島に目を向けた。
女はおめでたい話に大抵乗ってくる生き物だからな。
話題を振って正解だぜ。
「うん。今年の夏にね」
「おめでとうございます」
柏木さんは本当にめでたいと思ってるのか、無表情で頭を下げた。
彼女はきっと葬式に参列してもこの調子だ。
喜怒哀楽がないって言うのか、感情の波がない。
「桐島の嫁さんは柏木さんと同じ歳だって。柏木さんもやっぱ憧れたりする?結婚に」
俺はさりげなく話題を振った。
柏木さんはビールを一口飲むと、俺を見上げた。
大きな黒目がちの目をゆっくりまばたきする。
ん?
んん?
何か俺見つめられてる??