Fahrenheit -華氏-
いけないと思いつつも、俺は柏木さんの後をこっそり尾けた。
柏木さんは喫煙ルームに入ると、シガレットケースからタバコを取り出し、火をつけながら携帯を開いて電話を掛けていた。
俺は喫煙ルームの自販機で隠れる場所に身を隠し、そっとガラスの壁に耳を当てた。
「……Hello.It's me.(もしもし。あたしよ)」
ガラス一枚を隔てているから、声はくぐもっているが聞き取れないこともない。
柏木さんの声音からすると、高揚と緊張が入り混じってちょっと震えていた。
それは彼女らしからなぬ、アンバランスなものだった。
こんな声を聞くのは初めてだ。
電話の相手が誰なのか―――切実に知りたかった。
「―――Yes!That's right! (そうよ!)It's mom.(ママよ)」
俺は目を開いた。
電話の相手は―――娘……?
改めて腕時計を見やる。タグ・ホイヤーのクロノグラフ時計は20日の23時11分を示していた。
ニューヨークでは
19日の朝9時11分。
「Happy Birthday!July.(お誕生日おめでとう、ユーリ)」