Fahrenheit -華氏-
唐突に、ある数字と英字の羅列が頭を過ぎった。
Ruka****.July0919*********@****ne.jp
柏木さんの携帯アドレスだ。
アドレスは……娘の誕生日だったって言うわけか。
「Was the presented teddy bear pleased?(プレゼントのくまちゃんは喜んでもらえた?)I'm thrilled.(―――そう、嬉しいわ)」
ここからじゃ柏木さんの表情はよく見えない。
だけど、すごく……
嬉しそうだ。
「What?(―――え?)I'm sorry.(ごめんなさい)The mama cannot meet July any longer.(ママはユーリにもう会えないの)I'm sorry.(ごめんなさい)」
I'm sorry―――
柏木さんは何度も電話口で謝っていた。
その声が僅かに震えて、沈んでいた。
俺はその声を聞きながら、目を伏せた。
柏木さんが悪いわけじゃない。
かといって俺はマックスも悪いわけじゃないと思う。
そりゃ、娘を手に入れる為に卑劣な手を使ったことはいただけないけど。
二人とも同じぐらい子供を愛していたからこその、悲しい顛末なんだ。
俺は彼女の声を聞きながら、その場をそっと離れた。
煮え切らない何かを抱えてデスクに戻り、何もする気になれず、ただぼんやりとパソコンのディスプレイを眺めていた。
フロアには俺以外誰も居ない。
しんと静まり返った室内で、サーバーの機械的な音だけが響く。それを聞きながら、俺は柏木さんがこのままデスクに戻ってこないのかもしれない。
そんな風に思っていた。