Fahrenheit -華氏-
遅いな……
もしかして泣いてるのかもしれない。とても仕事に戻れる精神状態じゃないのかもしれない。
また、自分を傷つけてなければいいのだけど。
心配だったけど、様子を見に行く勇気もなく、俺はまた腕時計に視線をやった。
なんてことない。たった五分だけしか経っていなかった。
マジで重症かも…
そんな風に考えてぼんやりしていると、突然頬にピタリと何か冷たいものが触れた。
「ぅを!」
変な声を上げて、俺は飛び上がりそうになった。
すぐ傍で柏木さんが、くすくすと笑っている。
「どうぞ。お疲れでしょう?」
そう言ってアイスコーヒーの缶を机に置いた。
あの冷たい感触の正体はこれか…
俺は正直拍子抜けした。柏木さんはてっきり泣き崩れてるかと思ったのに、その顔に涙の跡は見られなかった。
穏やかな微笑みを浮かべている。
どうしたって言うんだろう。悲し過ぎて、感情が変な方向へ向かっているのかな?
「……柏木さん…大丈夫……?」
恐る恐る探るように柏木さんを見ると、俺にくれた種類と同じ缶コーヒーのプルトップを開けて口をつけていた彼女はちょっと口を離して苦笑いを漏らした。
「やっぱり…聞いてらしたんですね」