Fahrenheit -華氏-


何かを失ったら、何かを手に入れる―――か。


俺は柏木さんを手に入れるために何かを失ったのだろうか。


俺の手の中から零れ落ちた“何か”を、俺はまだ知らない。


まだ気付いていない。


だけど、それはやがて『代償』という形で、思わぬときに予想もせぬ形でやってくることは俺はまだ知らなかった。


それはまた後々の話―――


(※Fahrenheit Ⅱを執筆予定しております。そのお話はそれまでの秘密にしておいて下さい)





「か、柏木さんも俺のこと知りたいと思う??」


柏木さんはちょっとまばたきをすると、可愛らしく首を傾けた。


「ええ。大体の性格はおじ様から伺って把握してますけど、私考えたら部長のことあまり知りませんでした。仕事のときの部長しか知りませんでした。

よくよく考えてみると、料理が上手だったり意外な特技を持ってらっしゃって、私生活が謎って言うか…知れば知るほどベールに包まれていくって感じなんですよね」


ベールって……


「いやいや、キミ程ではないよ。そんな怪しいこともしてないし、自慢できることもしてない。
休日は寝てるか、野球してる」


「野球??」


柏木さんはびっくりしたように目をまたたいた。


「それは…見る方じゃなくて、プレイの方?」


「うん。言ってなかったっけ??俺、この会社じゃないけど社会人野球チームに所属してんの。て言っても忙しいから滅多に参加できないけど」


カラカラと笑って、俺はコーヒーに口を付けた。


良かった。いつもの調子を取り戻している。


乾いた喉にコーヒーを流し込んで改めて柏木さんを見ると、彼女は目をぱちぱちさせていた。


「部長が野球……なんかイメージじゃないですね…」








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