Fahrenheit -華氏-
「よく言われる。でも俺、小学校はリトルリーグに入ってたし、中学生と高校の途中までは野球部だったよ」
俺の言葉に、柏木さんは益々意外だといわんばかりに表情を固まらせていた。
そんなに意外かよ…
「知りませんでした。部長が体育会系だったなんて。高校の途中までとおっしゃいましたよね。どうして辞めちゃったんですか?」
俺はちょっと苦笑いをして膝を指差した。
「靭帯断裂。それも二回やって二回とも大掛かりな手術になって、結局野球を辞めざるを得なかったの。まぁリハビリの介があって今はだいぶまともになったけど」
柏木さんは悲しそうな暗い表情を浮かべて、俺の膝に視線を落としている。
「まぁ、あれは俺にとって人生の挫折だったけど、おかげで今は元気♪社会人チームだけど何だかんだいいつつ続けていられるし」
俺は極力暗くならないように、にししとわざと明るく笑った。
「……知りませんでした、私。おじさまは何もおっしゃってなかったし……」
「親父は俺が未だに気にしてるって思ってるから、敢えて言わなかったんじゃない?まぁでも俺もそれ程こだわってないよ」
明るすぎるぐらいに軽く言って笑い飛ばし、俺は顔を近づけ柏木さんの顔を覗き込んだ。
彼女の翳りのある表情が一瞬で揺らぐ。
「な、何ですか……いきなり…」
びっくりして柏木さんが背を反らす。
「今度さ。野球見に来ない?ルールとか知らなくても、俺教えるから。きっと楽しいよ♪平均年齢35歳の、みんな腹出っ張ったおっさんたちだけど、気のいい人たちでおもしろいよ」
「意外と高年齢なんですね」
柏木さんがちょっと笑った。影が宿っていた表情に明るみが差す。
「そうですね。見てみたいです」
柏木さんが笑って答えたのを見て、俺もほっとした。
「見てみたいです。必ず……近いうちに」
柏木さんは、笑顔の向こうに俺は未来を見た。
それは願望であり、約束であり、確実に二人歩むだろう未来。
行く先々、手を取り合って歩こう。
彼女がそう思ってくれるのなら、俺は嬉しい。