Fahrenheit -華氏-
恋人―――なんていい響きなんだ!!
俺、幸せ!
ここはいっちょ勢いに乗っとくか。
「じゃ…じゃぁさ。今週の土曜日…っつてもあさってだけど……」
「デートしましょう」
柏木さんは、まるでちょっとそこまでと言う気軽な感じでさらりと言った。
「は……はい…」
うっそ…
まさか!柏木さんの方から!!
あー……やべ…
俺は柏木さんに顔を寄せると、内緒話をするようにこそっと耳打ちした。
「柏木さん。チューしていいですか??」
俺の問いかけに柏木さんは冷たい視線。
うわ!調子こき過ぎた!?
「ここは会社ですよ?誰かに見られでもしたら、どうするんですか?」
やっぱり!
「誰もいないよ。俺たちだけ」
じゃぁちょっとだけ…って言う甘い雰囲気にもならず、柏木さんはピシャリと一言。
「だめです」
しかもタイミング悪く、内線が掛かって来た。
こんな遅くまでどこがまだ仕事してんだよ!
「はい。外資物流事業部です」
電話を取った柏木さんは電話の相手に「お疲れさまです」と答えながらも、ふふんと勝ち誇った笑みを俺に向ける。
くっそー!
この小悪魔め!!もういっそ“小”を抜いて悪魔だ。
悔し紛れに、俺は柏木さんのほっぺにキスをした。
「……はい!聞いてます」
柏木さんは、びっくりしたように目をまばたいて、受話器を握りしめ電話の相手に応えていた。
ふふん。ざまみろ。
ぎろり、と柏木さんに睨まれたけど、俺はそれすらも幸せだった。